田村 明・旅(1)

 今年2月19日(木)に本研究会幹事・田村千尋氏による講演会「田村明・旅」が横浜まちづくり塾において開催されました。その時の講演内容を基に同氏が新たな文章を書き下ろしたので、ここでご紹介いたします。

田村  明 ・ 旅(1)

            田村千尋

プロローグ

  時の経つは光陰のごとしである。田村明が2010年1月25日、永眠し、早5年が過ぎた。横浜田村塾の真矢正弘氏から「田村明の(&への)旅」という演題で話を、とのご依頼があった。明自身の人生の旅、であり、彼が世界各国を巡った旅でもある。残したスライドやスケッチなど多くの記録をたぐって旅を共にしたい、という思いもあるが、弟である千尋から見た80年間の想い出、歴史をたどるという旅かもしれない、その趣旨を考え、快くお受けした。第一回の田村明研究会で「田村の家族」という題で話したので、此処では田村明に出来るだけ焦点をあて、やや分析的に明を語ってみたい。

 田村明は1926/7/25から2010/1/25、世をさるまで83.5年、人生の旅を良く生きた。戦前の軍事最優先の社会に生を受け、戦中の過酷で狂気に満ちた価値観の中をくぐり、戦争直後はやせ細った身に恐怖の食糧難を乗り越えた。その後の怒濤の発展にも奢ることなく、やがてバブル破裂を経験する。戦後、70年間、戦乱を日本のこの地には見ず、思えば平和な時間が過ごせた。教育を受けている期間は殆どが混乱と窮乏、敗戦で社会全体が価値観の大逆転という事態を目の当たりにした。社会人になってからは平和の中、自分を見つめ直し、人を思い、社会の矛盾を一つ一つ問い直す時が訪れる。羽を一杯に広げ、友人や仲間達との語らいを楽しんだと思う。小学生の一年生になった写真から見ていただこう。父、幸太郎は1925年、日本市場にも登場した六桜社(小西六)のベストカメラを購入した。この写真には少年期に入った明がいる。目は一生懸命父親を見つめ輝いている。真一文字に口をとじ緊張している中に愛くるしいほほえみが宿る。写真のアングルは真っ正面、手が隠れていて上段の書籍を多く見せようとしている父の思いも伝わる。


(続きは参考資料をご覧ください)

参考資料

田村 明・旅(1).pdf
PDFファイル 820.7 KB